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2009.07.24 Friday

富士山神事第二回 富士山本宮浅間大社(裏鬼門)

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    2009年7月16日(木)

    昨年、富士山神事を決定してブログに公開してから富士山静岡空港が2009年6月4日に開港するとわかり、静岡が私たちを待っていると感じて富士山静岡空港を選びました。

    札幌から静岡空港まで90分のフライトですが、そのフライトは日本のどの空港にも無い素晴らしい体験をさせてくれます。札幌発の場合、左側の座席に座る事をお勧めします。

    好天に恵まれたおかげで、日本アルプスの山々を見下ろしながら飛び続けるフライトですが、こんなに厳しい山に登る人たちがいるのかと関心しながら見ていると、遠くに飛びぬけた高い山が富士山です。

    遠くに見える富士山を眺めながら降下のアナウンスが始まると、ほぼ30分間、鳥の目で富士山が近づき外輪山や火口までくっきり見ることができます。

    この美しい富士の姿をどれほど撮影したいと思ったことか・・・でも着陸時は、電子機器の使用禁止なので目に焼き付けるしかありません。富士山が待っている・・・明後日、行きますのでよろしくお願いします!


    飛行機の到着時間に合わせて関東チームが、バスをチャーターして出迎えてくれました。北海道から9名、関東から7名の合計16名が、私の富士山神事の仲間です。神事を初めて体験する方や富士山登山が初めての方がいますので、まずはバスの中で自己紹介が始まりました。

    35歳から59歳までが一緒に修学旅行に来たようなのようなワクワク気分です。この日の静岡県の最高気温は、34度。強い日差しにも負けないくらいに、皆さんの元気は溢れています。


    昼食を終えて最初に向かった場所は、富士山の南西(裏鬼門)に当たる場所の富士山本宮浅間大社(住所:静岡県富士宮市宮町1-1)


    この時期に富士山がくっきり姿を見せる事はとても珍しいと感動したのは、まず関東のメンバーでした。いつでも見れるのかと思っていた北海道メンバーは、関東メンバーの声に驚き、富士山の全容を写真に撮りまくります。


    日本国旗と富士山があまりにもマッチしていますね。私たちはこの日、日本人として生まれた事に改めて感動と感謝が溢れました。鳥居ごとに一礼しながら参道を進むと、美しいお宮が見えてきます。これから始まる富士山神事のご挨拶を全員で行いました。




    この宮の右手に水が湧いている場所があるというので行ってみると、それそれは美しい水が山からコンコンと湧いていました。地元の土地に繋ぐ水を汲み終えてから、ここは禊(みそぎ)の場所だと気づきましたので、全員で川に入り、手足と頭に水を注いで禊をしました。




    聖地 富士山とその裾野を守る神々の場所に足を踏み入れる準備がこれで整いました。人間の邪気を払い、思いを落として、神に向き合う準備が、この禊行です。心静かに水の流れを感じていると、富士の温かさが身体の芯に伝わってきます。

    富士山の湧水は、山に降った雪や雨が土地で浄化されて湧き出るまでに、60年から100年ほどかかると聞いていますので、この水も私たちが生まれる前の自然界の恵みの水です。湧いている水をその場で汲んで飲める事の幸せをここの子供たちは知っていることは、幸せなことだと思いました。

    私が生まれた田舎でも子供のこ頃は、田んぼの脇に沸いている湧き水で喉を潤したものですが、今はもう飲めないほど汚れています。人間が水を汚した悲しさを感じているからこそ、ここの水の清らかさに感謝が溢れます。


    私の神事に参加して下さる方にお願いすることは、たったひとつだけです。それは、「白い洋服を着て下さい」とお願いしています。理由は、人間の欲、つまり、色を持ち込まないことによって、余計な邪気にかかりづらくなるからです。

    日本中の聖地でこの白い衣装を着て祈っていると、どこかの宗教団体かと思う方もいるようですが、神様を大切にしている場所ほど、目が合った方たちが私たちを見て会釈をして下さいます。神に身を捧げている証しでもあるこの白衣装も、一人一人の心を禊をして下さるのだと思いました。


    四日間お世話になる旅館は、富士山の東南の場所に宿をとりました。御湯の恵みと自然の恵み、そして、土地の方角の意味を考えて行う富士山裾野八方神事ですから、宿泊する場所の方角も大切です。

    一日の疲れをお湯で癒し、夕食を頂いた後は、全員で神事の確認と懇親会を行いました。私の神事で最も大切にしていることが、参加者同士のコミニュケーションです。それは神事期間だけうまく取り繕う関係ではなく、一人一人の今後の人生において大切な出会いを神が導いてくれている事を知っているからです。


    祈りをする時に、神はいつも、こう問います。

    お前は人間か?、お前は神か?と。

    お前が人間として祈るならば、望みを願う代償として何を差し出すのか明確にせよと言われます。

    多少のお金を出して望みをたくさん言い続ける人を見ていると、もし、あなたが神ならその願いを叶えてあげたくなりますか?と聞きたくなってしまいます。だから私は「お願い」は、一切しないよう皆さんに伝えます。

    生きている事、生かされている事に、ただ感謝するだけでいいのです。どんなに辛い事があっても、どんなに嫌な経験をした人生だったとしても、死ねば一切の思いは肉体を離れます。私たちは肉体があるからこそ、幸せも苦しさも感じる事ができるのです。

    生かされている、つまり、肉体を与えて下さっていることこそ、神の御心の現れですから、生かされている事の感謝しかないと私は思います。


    難行苦行を身体に経験させて、自分の苦しみを超える強さを身に付ける「行(ぎょう)」もありますが、日常生活自体が、私は「行」だと思っています。

    自分の思い道理にならないことばかりの現実世界。だからこそ、私たちは肉体を与えられて変えるチャンスを頂いているのです。何度、生まれ変わっても、失敗を恐れてチャレンジできなかった自分をお詫びする人も多いことでしょう。

    この人生をどう生きたのか、この人生の意味は何であったのかを答えられるのは、親でも、雇ってくれている会社の社長でもなく、あなた自身なのです。どんな人生を生きるかは、全てあなたの選択でしかないからです。

    その事に気づいたら、言い訳をせず、失敗を恐れずに、生かされている間、まだやり直しのチャレンジする時間が与えられていることに感謝することが大切です。

    まだ私たち人間は、全てが思い道理になった時の責任を取れないくらいに愚かで幼い動物だと思います。だからこそ、時に、日常生活をパターンを抜け出して、自分の我を超え、神に向かう瞬間があってもいいと思います。


    地球を救いたいと思う方はたくさんいるでしょう。

    でもその為にあなたは、何をしているのかと神に問われたならば、思うだけではダメな事を気づくはずです。想いを実現させられるのも、肉体を持った神である私たち人間だからです。そこにできない言い訳をいくらしても意味がありません。

    いずれこの肉体は朽ちて、魂だけの世界へ戻ります。その時に、それまで生きた全ての事が、走馬灯のように絵で見せられます。正しいと思って他人を傷つけた人、自分を守るために嘘をついた人、自分の本心がどうであったかは、実は、全員が知っているはずです。

    自らの本心と向き合う時が必要だと感じた人は、今の生き方のままで良いのかを問う時間もどうぞお作り下さい。自らの向き合う為の瞑想でも、生かされている事への感謝祈りでも、守って下さっている先祖に対する感謝の祈りでも、方法は何でもいいのです。神や仏に向きあう時間こそ、自分自身と向き合う大切な時間だと学んで下さい。

    そして、自分の為を超えて祈りをしたいと思ったら、家を出て、自然界や神仏にお礼を言いに行きましょう。あなたが住む土地の神様は、あなたがご挨拶しなくても、24時間365日、守って下さっています。あなたが生きている間に、その事に気づいてくれる事を先祖も神も、待っているのです。


    本当の祈りは、誰の為でもありません。神に向かおうと、仏に向かおうと、祈るその真っ直ぐな心は、必ず、自分の心に向って戻ってきます。それは、皆さんが神であり、仏だからです。

    そんな大切な事を思い出し、出会う人全てを神として大切に付き合う心を仲間と話し合いました。もう明日から始まる神事の場所の神たちが、身体を通してやってきています。

    準備はできたかい?待っているよと。

    明日の祈りの成功を願って、一人一人の神心を見つめ合う時間が夜更けと共に過ぎていきます。