PROFILE

CALENDER

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>

LATEST STORY

CATEGORIES

recent comment

2005.10.26 Wednesday

伊良部島ユークイ(豊年祭)2005に初参加!

0

    すごい体験をしました!

    10/26〜10/27にかけて行われた伊良部島の豊年祭(ユークイ)に、北海道から8名で参加しました。

    一晩で、6ヶ所の部落ごとの御嶽をまわることができたおかげで、この島の神々とのつながりも大きくなりました。
     

    翌日、宮古毎日新聞に「北海道の人間が伊良部島のユークイに入った」と写真と記事が掲載されましたが、実は、伊良部島以外の人がユークイに入るのは初めての出来事だったようです。


    長年、宮古島に住んでいる方も伊良部ユークイに入れるとは聞いたことがないと言うほど、閉鎖的なお祭りだと後で知りました。
     

    今回の旅の目的は、7つの集落が同じ日に行われる豊年祭「ユークイ」(10/26〜27)に参加して様子を見て欲しいと言われたので、北海道の仲間たちを連れて行きました。

    「吉岡さんはユークイを見たほうが良い」と言ってくれたのは、昨年1月に写した伊良部島の白龍の写真のご縁で出逢った伊良部島のユタYさんの言葉でした。
     

    今回、神様が私に託した願いごとは3つありますが、それは読んでいるうちにわかってくる事でしょう。


    まず、「神々の住む島」と呼ばれる伊良部島に足を踏み入れた8人は、生まれて初めて見る島の海や空の美しさや、あちこちで感じる神々の神聖なエネルギーに、魂が感動して涙が溢れていました。


    (10/26 行動記録)

    1、パイロット訓練飛行場横の海 2、通り池・なべ底 3、木泊部落後 4、帯岩 (昼食) 5、渡口の浜・ヌーシウタキ 6、ヤマトブー大岩 7、牧山獄(ピャーズウタキ) 8、ウズヌシュー石碑 9、サバ沖井戸 10、大龍門 11、潮吹き岩 (休憩) 12、豊年祭「ゆーくい」に参加 国仲ウタキ→佐和田ウタキ→長浜ウタキ



    1、龍が舞い上がった場所 ”下地島 なべ底”の不思議

    この場所は、世界でも珍しく3つの神様が一緒に居る場所です(火の神様、水の神様、風の神様)。

    地元の方でもそのことを知らない方はたくさんいますし、”胎動くぐりの穴”があることも、ほとんど知られていません。そのことを理解していなくても、地元の女性 たちが昔から一番大切にしているのが、「火の神様」です。食事を作るとき、暖を取るとき、大切な産湯を沸かすとき、すべては、火の神様のおかげだからです。

    もうひとつ、ここには、「胎動くぐりの穴」というものがあります。この穴の意味は、ここ穴をくぐることで、”母の胎内に戻り、生きながら生まれ変わること”を意味しています。

    穴を自力でくぐり、底の海まで の険しい岩場を降りて、海に足が着いたところ、それは、母の体内の羊水(ようすい)につかることを意味しています。そのこと に感謝して、また自力で、岩を登ってくることは、この世の中に新しく生まれることを表しています。



    2、大津波で失われた木泊部落の23人の御霊が見守る大切な浜 (天龍の雲を撮影した場所)

    伊良部島のユタが今、一番、望んでいることは、大津波で亡くなった木泊部落の魂を弔う石碑を建てたいと願っています。

    この地を守る龍神さまから大切なことたくさんを告げられた中に、昔々、この伊良部島の守った「ウズヌシュー」という人のおかげで、今の島の生活があるからと、その石碑を建てるために募金活動をしていたときに、ホテルてぃだの郷(さと)のオーナーと出会い、二人で協力して募金活動をして 、現在の石碑を立てることができました。(約80万円かかったそうです)

    Yさんの願いは、この木泊部落の津波で亡くなった23人の御霊を奉る石碑の建立に、力を注いでいます。



    この浜のすぐ隣には、大きな津波で打ち上げられた「帯岩」と呼ばれる場所があります。ここは旧日本陸軍の名前や天皇の名前を出して、大きな鳥居まで建立されていますが、実際には、ここに集まる御霊は、上がっていません。どうぞ、この場所を訪れたときには、たくさんの御霊のおかげで現在の自分がいることを感じて、岩の後ろ側で祈りを奉げてください。



    3、伊良部島の命をつないだ大切な子孫を祭る乗瀬御嶽(ヌーシウタキ)




    ヌーシウタキの中には、正面のウタキのほかに、現在、閉じられているご先祖さまのウタキがあります。このウタキの中に入ることは許されませんが、どうぞ、この浜に行かれたときには、そのご先祖の方々に感謝のお祈りを奉げてください。


    4、龍の息をする穴(吹き上げ岩)での大切な祈り (スーフツミー)

    大龍門がある場所を過ぎたところに、長い散策路があります。昔はその途中に、龍の息が抜けるための穴が開いていました。昔は、ここで潮が10mも上がるほどの 「吹き上げ岩」と呼ばれていましたが、現在は、色々な理由のためにコンクリートで埋められています。

    ユタのYさんから頼まれたことは、ここを開けて欲しいとお願いされました。8人でこの場所に来た理由は、その祈りをするためだったのです。

    海側の龍の入口から吹き上げ岩までのお払いをして清めてから、 皆さんに協力していただきながら、最後に、私の最大パワーを使ってこの龍門のフタを開けるエネルギーを動かしました。

    円陣を組んで祈りに協力してくださった皆様は、そのときの体験を、「足元が熱くてたまらなくなった」、「龍の顔が見えて、苦しんでいたが 、最後には抜けた」など、初めて感じる体験を色々話してくださいました。まもなく、ある時期が来たら、あの龍門のフタは開きます。そのあとは、何があっても二度と、閉じることはできないことでしょう。


    5、豊年祭に参加した龍神ツアーのみなさんと島人(シマンチュ)






    まずこの豊年祭 ユークイの注意点を説明します。

    この御嶽と呼ばれる霊場は普段、地元の方でも気楽に入ることははありません。

    地元の先祖が大切にしてきた神さまを奉ている場所だからこそお礼や御願(うがん)にくる場所ですが、島の方たちも、年に 2日間しか入れないという場所です。

    書く部落の神様を奉ってある”長浜ウタキ”に入ると、地元の人にいきなり質問されました。

    「おまえたちは、どこの身内かあ?」。

    とっさに、ホテルのオーナーが、「てぃだの郷の身内だあ」と答えてくれました。

    てぃだの郷は、長浜地区にありますし、ご家族も長浜部落の出身です。部落全員の家族を互いに知っている顔見知りだからこそ、家族としてでなければ入れないルールなのです。

    5つの部落の御嶽に奉納するお酒日本づつを用意していましたので、まずそのお酒を神様にお供えするために御嶽の真ん中の道を進むと、島のみなさんが(神様が)こちらを見ています。

    司オバーにご挨拶してから奉納の祈りを済ませると、「さあー、これを飲め!これを食べろ」と地元の方に言われます。

    この島では、勧められたものは断らず、必ず口にすることが礼儀なので、みんなでありがたくいただきました。

    そして勧められた場所に座り、渡された飲み物を飲みながら周りを眺めていると、今度は、さあ、みんなで踊るよ!さあー、さあー! と手を引かれます。

    遠慮していた私たちも、一度、踊ってしまうと、もう、怖いものは無いとばかりに、何度も何度も、踊りの場で舞っていました。

    すると突然、司会者が、私たちのことを皆さんにご紹介してくれました。

    私は代表者として今回の旅の目的を話し、島の皆さんにご挨拶をさせていただきましたことは、本当にありがたいことだと心から感謝しています。

    この大切な”御獄(ウタキ )”を守る役目の人は、三年に一度、神様が選んだ”司おばー・司母(ツカサンマ)”と呼ばれる女性たちが御嶽を守っています。

    この司おばーは、お祭りの間、ずっと線香の火を消すことなく、神様に祈り続けるのが役目です。

    普段は、どうしても神様に祈願が必要な人にたのまれたときにだけ、司おばーと一緒にウタキに入ることが許されます。

    年に一度、この御嶽に神様が舞い降りる場所は中心からで少し離れた場所にあります。

    そこには、これから受験をする子供を持った家族が、合格祈願をするための供物が備えられています。( お供え物は、赤飯、魚、洗い米、玄米、塩、水、酒が何個づつと決まっています)

    海の潮が満潮になる夜中の12時をすぎたくらいになると、みなさんが真ん中の通路にぞろぞろ集まります。

    この瞬間に舞い降りてきた神様 を運ぶ”司おばー”たちから、福をいただくために、みんなが大声で叫ぶことばが、「ヨーンティル、ヨーンティル」です。

    それは、神様に今年一年の 自分の願いごとを叶えていただく大切な言葉なのです。となりにいたすてきな93歳のおばーが教えてくれました。「シャツのすそを掴んで、降ってくるものをいただきなさい。それをもらうと福が来るよ! 」と。
     


    (10/27 行動記録) 

    豊年祭「ゆーくい」 仲地(ネバル)ウタキ→長浜ウタキ→山の植物林の中のウタキ→渡口の浜の海向かいにある林の中”ミロクウタキ”(伊良部)→神主(カミンチュー)吉浜克美宅へ訪問


    <仲地部落の御嶽>

    朝8:30 仲地のウタキに入ってお酒の奉納とお祈りを終えると、「さー、さー、こっちへ!」と誘われて、男集のところへ座らされました。「北海道から、よく来たな。さー、飲め!」と、 恒例の”おとーり”が、始まります。 注)”おとーり”とは、お客人を迎えるときのお酒の飲み方で、勧められると、絶対に、飲まなければいけません。

    そして、その詳しいルール説明を実演してくれる素敵な70歳くらいの男性に、私たちは、「おとーり 免許皆伝」をいただきました。 そのあと、昨日の長浜ウタキに戻って、午前の福をいただくお祭りに、また参加しました。

    でも着いたのが、寄り道をしたために10時頃のため、「ついさっき、奉納したお酒やお菓子をみんなに配ってくれたのに、なんで言うこときいて早く来なかったのさ〜」と、昨日の93歳のおばーに、叱られました。

    それくらい、私たちを大切に思ってくれる素敵な”おばー”だから言える言葉です。私を手招きする男性の顔を見ると、昨日、二人で肩を抱きながら飲んだほど仲良くなった、素敵な70代の男性です。

    この男性に、昨日、何度も何度も聞かされた言葉が、

    「伊良部はいいところだろう!(吉岡-ハイ、そうですね)、

    海もきれい!(吉岡-ハイ)、

    山もきれい!(ハイ)、

    空もきれい!(ハイ)、

    そして、なんといっても、女がきれい!

    (イヤ〜、本当にそうですね〜!と二人で大笑い)」。 


    昨日、この方に名刺をくれ!というので、渡したおかげで、今朝は、最初から名前で呼んでくれました。そして、その男性(善平義一・ぜんひらぎいち)さんが、 私に一枚の紙をくれました。

    それはなんと、この長浜ウタキの”祈りのための言葉”を書いた紙だったんです。この瞬間、神様が私に下さったことが分かりました。心から、お礼申し上げながら、この意味と役割を今、感じています。






    <伊良部部落・・・植物林の中にあるアダン二御嶽)>



    この字伊良部だけは一日でいくつもの御嶽を回る特別なルールがありますが、私達がついた時には川の林の中にある一般のウタキとはまったく違う聖地でした。

    建物は、一切ありませんし、入口もただ、植物林の中に入っていくので、普段は、見つけることはできないくらいに、 うっそうとしていて、もの静かなウタキです。

    でも、林の中に入ると、とても心が軽く明るくなってきます。やさしい陽の光と共に、たくさんの精霊たちがいるのを感じます。みんな喜んでくれています。 参加したみなさんも、とても幸せな気分になりました。


    <伊良部部落〜渡口の浜の海向かいのパイヌフツウタキ>



    この植物群生林は、見た目はさっきのウタキと同じですが、座っているだけで、とても、せつなさが感じられます。

    女性たちの踊りと歌が始まると、さらに、そのせつなさが増してきます。どうにも抑えられないこの”せつなさ”は、涙となってほほをつたってきます。隣にいた、旭川の女性も、ひっくひっく泣きながら、「なんで、こんなに、せつないんですかね」と、お互いの泣き顔を見ながら、涙をこらえられません。

    横にいた地元の人が、今日はお祭りだから、泣いちゃいけないんだよと、教えてくれましたが、それをわかっていても、涙を止められません。何か、誰かのために泣いている気もするし、自分の中の深い悲しみを癒してくれているとも、感じているからです。

    でも最後は、その地元の人も、ただ悲しくて泣いているのではないことを理解してくれたようです。この神聖な場所の神様を感じて、泣いていたんだと理解してくれました。

    実は、この場所は、海向かいの”渡口の浜のウタキ”に、私が何度も足を運ぶたびに、気になっていた場所だったんです。

    その感じたことをユタに聞いても、何も言わなかったので、今までお祈り にも足を運べませんせしたが、今回、こういう形でお祈りできたことに、心から感謝いたします。※翌日の宮古毎日新聞に、龍神ツアーのことが載りました。




    宮古毎日新聞 2005年10月28日(金) 記事(上から3番目)


    伴奏もなく、ただ静かに、神様にささげる女性たちの歌声は、深い愛と悲しみと切なさを感じさせます。どんなときにも涙を流さない私も、この歌声には、涙を止めることはできませんでした。



    <伊良部島で5人しかいない霊能者 ユタを訪ねる>

    現地の人に聞くと、現在、伊良部島で知られているユタは、5人しかいないそうです。そのユタが、この7000人の村人たちのすべての願い事・祈り事・弔い事を担当してます。

    ユタになるは、いくつかの条件があります。まず、生まれつきの霊的体質であること。そして、ある年齢までその霊的部分と現実のバランスを学ぶこと。

    ユタになるには、親族縁者しかなれず、自分に降りてきたメッセージを、他のユタに確認してもらい、「もう、あなたはユタになる時期だ」と告げられ ると、その覚悟をしてから、3年間の苦行が始まります。

    その3年間で人間的な欲や、自分のカルマの清算をとことんさせられます。そして最後に、自分の身体の骨が折れたり、ケガをすることで、大きな霊力(霊視力・透視力 ・神通力)が宿ります。

    これはみなさんには、理解できない部分だと思いますが、こういう同じ経験をしてきた者同士、人間としてみれば、なぜ自分だけこんなに苦しい経験をしてまで、 ユタをしなければいけないのかと、天をうらむ時期もあります。

    でも、すべては自分に与えられた”天からのお役目”ですから、逃げまどうことのほうが、どれくらい恐ろしい結末になるかも知っています。だから、ただ生まれつき霊感・直感があるという方と、人の為のお役目をいただく方の違いは、この苦行の経験を積まされるか、どうかで大きく違います。

    Yさんは、伊良部島のなかでも、最大の霊力をいただいていて、彼女が担いでいる神様は、”龍神さま”です。だから、私にこの伊良部島で龍を見せて、お互いを 出あわせて、大きな地球のための働きをしなさいと伝えてきたのです。


    6、10/28 宮古島 新城定吉さんの石庭(いしにわ)訪問



    私自身、3回目になる新城さんとの出会いは、出会うたびに大きな確認と、お互いのそれぞれのお役を実感させられます。

    今回、新城さんにお会いしてすぐに、「新しい場所が奥にあるから、感じてきなさい」とおっしゃいました。同行したみなさんには、石庭のサークル内での瞑想を含めて、ひとつひとつの場所のエネルギーを感じていただきました。

    今回、この石庭全体のエネルギーは、前よりも、やさしくおだやかになっていました。それは、もう自分だけの癒しの時代ではないことを表しています。

    奥に新しくできた場所は、新城さんが天から降りてきた名前として、「天龍の台座」と命名しているところです。この場所は、ものすごく強く、高いエネルギーです。

    人によっては、近づけない人もいると、サポートの女性(濱本政美さん)が、話してくれました。この天龍の台座という名前は、私にとっても、とてもうれしい名前です。前回4月に、ここにきたときに、新城さんとたくさんお話した中で、この宮古島・伊良部島の地球上でも役目、龍の意味、そして、この石庭の石の役目の意味をお伝えしていたからです。

    今回、もっと驚いたことは、新城さんが 、また新たな場所を掘り始めていたことです。サポーターの濱本さんに聞くと、6月から突然、密林を伐採して、掘り始めてということです。




    新城さん、ご自身にも 、なぜまた掘り始めたにかと尋ねると、「わしにも、わからん。この年(84歳)で、こんなエネルギーがあるとは、自分でも不思議に思う」とのこと。

    今回、新城さんが私に質問された言葉のなかに、今、掘っている石は、タテ石で、とても手がかかっているということです。(この場所の石は、宮古島が隆起したため、タテ石とヨコ石と斜め石があるそうです)

    この新しい場所の意味と、このタテ石を立てる意味を私に問われましたので、私は、こうお答えしました。この石庭の役割は、時代と共に変わってきています。今までの場所のエネルギーがやさしくなった分、自分のための癒しではなく、新しい「天龍の台座」のように、個人と全体がつながるエネルギーを求めてくる人たちがやってきます。

    そして、今、切り開いて、掘っている場所のエネルギーは、「大調和」のエネルギー場です。そこに新城さんが、タテ石を立てることで、宇宙の大調和が、ここに,現実に現れることになります。どうぞ、お体を大切にしながら、石を立ててください。

    この石庭には、すばらしい木や石が、それぞれ全く違う役割として存在しています。その一部をご覧いただきましょう。

    石庭のジャングルの一番奥にある「緑の石を抱いたガジュマルの樹」のことを、新城さんは、どういうエネルギーに感じるかと、私に問いました。私は、この石を見たときに、「命そのもの」と感じましたし、樹全体と石の関係は、「宇宙の力、命そのもの」だとわかりました。

    どういう意味かというと、宇宙根源の創造主の命=宇宙のすべての命の根源、そのものであるということです。普通は,その部分を実体化する必要 がないのですが、この場所には、その役割が与えられているようです。それはとても大きな命の力であって、この全宇宙のつながりを動かす力を持っているということです。

    この大きな気づきと感動にひたっていると、新城さんが、また質問をしてきました。「吉岡さんには、石をあげたか?」

    石はもらってはいないし、もらうつもりもないので、「いいえ」とお答えすると、「ちょっとまってろ」と言って、奥へ行かれて、ひとつの石を感じてみろと手渡されました。

    手のひらに収まるこの石は、「大きな愛、とても大きな愛、そして、とても、強い愛の石です」とお答えすると、「それは陰の石だから、太陽に当ててごらんなさい」というので、外へ出て、太陽に光にしばらく当ててから感じると、とても陽の大きなやさしい愛のエネルギーを出しています。

    そう新城さんにお伝えすると、「じゃあ、それを吉岡さんにあげるよ」と言われました。

    まったくもらうつもりも、欲しいという欲もなかった私は、突然、与えれたこの石の意味と役割と責任に対して、瞬間的に覚悟と決断をして、ありがたくいただ くことにしました。

    この石が、どういうエネルギーかというと、私自身に与えられている力と全く同じエネルギーなのです。ただし、私自身が意識してこの石のエネルギーを使うと、私の最大エネルギーの100倍まで動かせる力があります。

    この石は、陰の世界にも、陽の世界にも使えるエネルギーです。いずれ世界を守るために、使わなければいけないときがくるかもしれません。世の中のエネルギー安定と、そのことをサポートする大切な人たちのために使わせていただきます。

    今後、私のところに来られた方には、見せる機会もあるでしょうが、触ることはできないことをご理解ください。私が手に乗せているだけでも、ボロボロ砕けてくるからです。

    これは光そのものであり、闇そのものでもある石、そして使う人の意識エネルギーで、すべてを操作して動かす方法は、マヤの時代にも使われていた方法です。水晶と同じ成分らしく、純粋になる、輝くために使わせていただきます。



    7、10/29 日の出の祈りと神払い儀式 

    最後の最後まで、いつも何かがありますが、今回も、ホテル てぃだの郷を見守る大切な2つの神様の場所をお祓い・お祈りさせていただきました。その前に、朝6:30から のご来光のエネルルギーをみなさんでいただいたことも、大切なことだったのです。

    光は闇を照らします。ですから、自分自身の光の部分を大きくしておかないと、闇に入ると負けてしまいます。闇は、全員が持っている人間のマイナスエネルギーの部分だからです。

    いい場所、いい人、いい出会い。この連続で、人生は輝きます。そうできるかどうかは、自分自身の行動と、その人の意識と目的によります。命あるところ、光あれ。いつもそうありたいと願いながら、日々の自分を見つめる私です。

    すべての光の仲間となってくれた、今回の龍神ツアーにご参加いただいた8人の方には、龍神さまの守護が入りました。そして私自身も、大きな大きなお役目とエネルギーをいただきました。家に帰ってきて、妻にざっと旅の話を報告すると、「ひとつが終わったようだから、じゃあ、また次の役割が与えられるんでしょうね。」ですって・・・。

    神様は、いつもすぐヨコに居てくださって、何も言いません。だから日々、精進、精進でございます。

    最後に、那覇空港から千歳行きの飛行機の中から見た夕陽が沈むところです。
    すべての祝福と、感じました。ありがとうございます。


    この記事のトラックバックURL
    トラックバック