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2006.11.11 Saturday

沖縄本島神事 首理城の祈り

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    11月11日 首里城祈り

    これから私がこの沖縄諸島で天のお役目として行う仕事は、琉球諸島全ての心あわせ、力あわせのための祈りを捧げに動きますので、そのことを正式に、琉球王朝の王様にご報告するための祈りが始まりました。

    今回は私に時間がないこともあって首理城のなかにある拝所を那覇の神人、上原小夜子さんの口をかりた神のご指導のとうり、5箇所の拝所をめぐることになりました。


    最初の場所は、園比屋(ソンヒャ)ウタキです。



    この場所は、琉球の王様が久高島に渡る際に、必ずご挨拶した大切なウタキだそうです。これからすることを神さまにご報告すると、その神様は私に大きな大きな巻物をくださいました。

    それは、両手いっぱいほどの長さと、太さも直径15センチもあるほどの大きなものです。神さまからいただく物に意味なくいただく物はないので、懐に入れて、ありがたく頂戴いたしました。


    2箇所目は、学問の神様と言われる円覚寺です。




    この日が大安だったために、地元の方も供物を持ってここにお祈りに来る方が、後を絶ちません。仕方なく、通りの道で、ご挨拶することにしました。

    3箇所目は、円覚寺の真向かいにある同じく学問の神様の弁財天です。



    この弁財天は、池のまん中に祈る建物があるのですが、その場所に足を踏み入れただけで、それはもう喜びがあふれてきて、素敵なやさしい神様が守ってくださっているおかげで気持ちが軽くなる場所です。

    この場所は、女性の方たちにぜひ来て欲しい場所です。何か辛いことがあったりしたときに、ふと、この神様にご挨拶して手を合わせているだけで、心が軽くなる素敵なヒーリングスペースです。私の祈りを終えて左の方を見ると、鶴が2羽、ツガイでこちらを見ていました。



    実は、この鶴は、神様なのです。真っしろな鶴と、灰色の鶴は、仲良く並んで、身動きせず、こちらをじっと見ていました。全員でその神さまにご挨拶とお礼をして次の場所へ移動しました。

    4箇所目は、龍桶(りゅうひ)という首理城から湧き出ている水の神さまのいる場所です。




    私自身にも龍が入っているために、龍の場所や神様には、とても、融通がききます。みんなで祈ったあと、その湧き出た水を少しいただき、祈った皆様の身を清めていただきました。

    5箇所目は、首理の王様がいらっしゃる本殿です。この本殿に向かって階段を登っていくと広場がありますが、その広場の中央付近にひとつの建物があります。



    道案内をしてくださったSさんは、この場所でつい先日、私に似た雰囲気の白髪のおじいさんからメッセージをいただいたそうです。見るからに強く守られている場所でしたので、ご挨拶の祈りをしました。

    すると、このお城のなかで初めて、下から溢れる強い力で守っている神様がいらっしゃいました。腹を据えて、力を込めて、これからのことをご報告すると通る許可をいただきました。

    こういう大切な場所には、必ず強くて大きな門番の守り神さまがいることを覚えておいてください。門番に正式にお目通りの許可をいただないで立ち入ると、あとで大変なことになることもあります。


    この日同行した伊良部島出身の女性が、偶然、同じ伊良部島出身で現在那覇にいる神人のおばさんに出会ったので話を聞いてみると、なぜか、その神人も同じように、この場所に祈りに来なければいけないと神様に言われてきたそうです。

    本殿の広場に入ると、その真ん中に立ってみたくなり、場の雰囲気から過去の情報を読み取りました。すると、この中央で幾人かの人が、首をはねられていることがわかりました。琉球王がその権力を誇示するために、はむかう島の長(おさ)や神がかり(かんがーり)の人たちの首をはねていたんです。



    歴史はいつも、政治と権力の表と裏があります。

    王がそれを望まなくても、権力を誇示したい人たちにとって、削除したい力を動かす人たちがいたことの現われです。

    それでは本殿に入りましょう。

    右側の入り口から廊下を渡り、そして階段を登り、いつくもの部屋を越えて、先ほどの広場の正面に上に位置して据えられているのが、王様が座っていた大きな椅子です。

    その大きな椅子の前に一人歩み出て、これから琉球諸島全体の愛と調和のために自分と地元の仲間たちと動くことをご報告させていただきました。



    王様への口上を終えて、お返事を待っていても、言葉がありません。

    言われるのは、「こっちを見るな、こっちを見るな」と繰り返すだけでした。

    私は祈るとき、目を閉じていますので当然見えませんので、どうしようかと思いましたが、最初の園比屋(ソンヒャ)ウタキでいただいた巻物を思い出したので、王様に献上させたいただきました。

    すると、「あい、わかった!」と力強いお言葉をいただいたので、これでこれから私の行うことのすべての許可が降りたことになりますので、ありがたくお礼をいい、ご挨拶を終えました。

    目を開けて見ても何もありませんが、そのときの王様の言葉の意味が、時間とともに少しづつわかってきました。なぜ、王様が悲しんでおられたのか・・・・?

    それはいくつも理由がありますが、まず、今の沖縄全土での自分の力が及ばす、荒れ果てさせてしまったことの悲しみです。

    そして、もうひとつは、私の神の役目のことなのですが、実は、私が王様に挨拶しに来たことは、ある意味、竜宮の代表(天竜=白龍)としてと来ていますし、もう一方では、宮古諸島のウタキの神様の代表(ウハルズの神)として来たことになりますので、そのことに対して申しわけなくおもっている部分があるからです。

    なぜ王様が申し訳なく思うかというと、実は、昔々、宮古諸島は、琉球王国からはずされていたという歴史の経緯があったのです。

    なぜ宮古諸島が、琉球王の管理下からはずされたかというと、当時、裏で工作された根も葉もない疑惑にまどわされてしまい、王様の判断したことで、宮古諸島の代表が追い込まれてしまい、苦しいぃ結末に追い込んだことがあったのです。

    この宮古諸島の代表は、王様に何度も直訴しにいきましたが、王が一度、決めてしまったことを覆すことはできないために、島の人たちに申し訳ないと、最後は、裏門を出たところで自害したのです。

    この場所もすぐわかり、お払いをして祈りあげをしておきました。



    この人を祭ったのが、昨日ご挨拶した”白川神社”の神さまなのです。

    だから王様は、宮古諸島の神々や民衆に、申し訳ないという気持ちがあったのです。

    その宮古諸島の神々を代表して、私がこれから行う琉球全土の神の統一は、首理の王さまも実はしたかったことだったからです。

    最後の祈り場所は、世界遺産にのなっている首理の王族だけのお墓の玉殿(たまうどん)に行きました。ここはお墓なので写真は残しませんが、きちんとご挨拶をしておきました。

    私の動く場所は、神のご挨拶とともに、神につながる人や天のご縁から素敵な出会いがたくさん起きています。

    今回、那覇のサポートをしてくださったお二人の女性は、今年3月に一緒に、八重干瀬(ヤビジ)祈りに参加してくださった方で、那覇の神人以上に、毎日、神に祈り、全知全能の神々の僕として祈ってくださっている方です。

    そして、私が会った神人 上原小夜子さんの魂本来のお役目は、「光の柱を立てる」役目の方なのです。この方のご先祖は、もともとこの沖縄の地で、天と地を結ぶ光の柱を守る数名の最上格の神格の一人でした。

    昨日、私に出会い、いろいろな話をして、嫌がっていた自分の神人としての役目をまっとし、この琉球の地に、もう一度、光の柱を立てることを宣言してくださいました。

    私もこの方に出会えたことを感謝していますし、これからはそのときの数名いた光の柱を守る人たちに出会うことを楽しみにしてます。

    最後に、上原さんの口から、こんな言葉が出てきました。

    「吉岡さんがこれからすることを考えると、ご挨拶したほうがいい神の島がいくつかあります。そこには、私も同行させていただきます。」

    上原さんの言った島の名前は、伊是名島・久高島・久米島など、他にもいくつもの島の名前を教えてくださいました。

    そして、私も、また新たな決断をしました。

    この琉球の地が輝くために、必要なところへは、全てご挨拶しにいくことを!

    ありがとうございます。  


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