[ 鹿児島県 大和繋ぎ神事 ]
2月25日
夜8:25に港に着いてすぐ、美味しいお店を紹介してもらいました。奄美本島の神場所は、事前に情報を集めていましたが、やはり現地の人に聞くのが一番、感じて判断しやすいからです。教えてもらったお店は地元でも評判の有名なお店ですので、さっそく人徳のある女将さんに話を聞きます。
女将は「神様の事はよくわからないけど、ところで、あなたはどの神様を頼って来たの?」と質問されます。「どの神様???」、何かの宗教団体と思ったのかなとも考えましたが、後でわかった事はこの島の一般の方は沖縄で言う「神人・ユタ」と呼ばれる霊的仕事をしている人を「神様」と呼ぶのです。沖縄と同様に、本州方面から霊的な相談を受けたくて「神様」を紹介して欲しい方が多いと話していました。
ホテルに戻り、明日からの打ち合わせをしますが、どうしてもうまく感取りができません。この島の「神様」に直接、電話する必要があると、身体に乗っている存在が伝えるので、「じゃあ明日朝、紹介してもらった神様に電話しましょうね」言うと、とたんに身体は軽くなりました。
2月26日
紹介してもらった「神様」に電話すると、まず男性が出たのでビックリ!ご本人だと確認してから私たちの祈りの目的を伝えて、この島の現状を聞きました。話した内容を一言で言うと、琉球王朝時代に伝わった伝統的な祈り方法や神所は、奄美本島にはほとんど無くなっているという事です。教えてくれた60前後の男性も「自分なりに昔ながらの火・水・風・大地の自然神祈りをやっと最近、始めているところなんです」と教えてくれました。
当然ながら、ヌール神(ノロ神)の場所も、龍宮神の場所もわからないと言います。時代の流れは文化を変えるだけではなく、歴史や信仰も変えたことを肌で感じました。しかし、現在に至るまでのたくさんの人の思いを、私たちは全身で感じています。信仰を変えなければいけない苦しさは、物を奪われるよりも一番苦しいと思いますが、それを受け入れてきたからこそ「争い」は無くなったのです。
現在世界で起きている戦争も、信仰争いを利用した経済侵略なのは、皆さんもお気づきだと思いますが、ここ奄美諸島は、歴然と鹿児島県だということを感じた瞬間でした。だからこそ私たちは、すべての和合の為の祈りにきたのだと確信しました。
歴史に隠されたここ奄美諸島の事実を鹿児島出身の若いお二人に話すと、「本当に申し訳ない事をしてきた気持ちで一杯です」と涙を溜めながら、初めて聞いた事実に驚いていました。今回の神事は、鹿児島や本州出身の方にとって、奄美諸島の地にお詫びにきている事になります。また沖縄や北海道の人間は、新しい文化によって破壊された過去の御霊の思いを受け止めてあげる為にきていると感じました。
祈りの目的は、男神女神の和合・その親神様へのお詫び、土地神様へのお詫び、龍宮神の立て直し、ヌール神(ノロ神)の立て直し、河神海神繋ぎ、城王様へのお詫びと感謝です。また港近くの土地は、源氏と平家の最後の争いをした激戦地でもありますので、その和合祈りも行います。さらにこの地に「天孫降臨」の神がいることもわかりましたので、国づくり・村建てに繋がる神事になります。改めて全員が自分の役割を感じながら、お詫びと感謝の祈りをさせていただきます。
○今井権現




調べると奄美本島の神所の多くは、北部に集中しています。その中でもこの「今井権現」は平家の魂を納める場所でしたが、それ以前の神が大きいということで、平家の弔いは違う場所に移す事になった場所です。山の上にある鳥居から、さらに100段ほどの階段を登って見える本堂は、最初、神エネルギーが立っていないのを感じました。祈りを捧げると、ここを守るための力が足りないと守護存在が言うので、ここに正式に「火の神」を降ろす祈りを捧げました。
両側に二本のローソクを立てた中央に、三本のローソクを立てて「火の神」を降ろす神言葉を唱えます。本来、火の神は、中央に男神、両側に女性の神がいますので、門番の女性の神と合わせて、完全なこの島も守る守護神が降りた事になります。神道(しんとう)でも「火の神」は最後に降りたと書かれているように、人間を守る一番、近い神と言ってもいいでしょう。
先ほどとは全く違うエネルギーになったこのお堂にお礼の祈りを再度、捧げました。さらにここに「ヌール神」も鎮座してもらいました。火の神を守り、見えない霊的な整いをする神としてこれからは、大きくお働き下さることでしょう。
○河神(カーシン)
今井権現の祈りを終えて移動する途中、海に流れ出すわずかな川を見つけました。新しい命の湧き出しと陰陽和合を祈りました。

○龍郷町付近の海岸線のトンネル
何度も道に迷って通った短いトンネルでしたが、ここは元々、大切な神場所であったことは見てすぐわかります。近づくと身体がしびれるので、神が怒っているのが理由です。日本全国にもこういう場所がたくさんありますが、こういうトンネルほど事故が多いものです。手を合わせてみると「ここは北を向いているが、本来、東を守る神がいる」と教えてくれました。見えない存在に対する失礼をお詫びしてから無事故、無災害に感謝の祈りをしました。
○平瀬マンカイ 男女和合の祈り岩
国指定の重要無形民俗文化財になっている男岩、女岩で祈りを捧げました。男女・北南・陰陽など全ての相対になっている物の和合祈りです。本州九州代表の3人、対、北海道沖縄の3人が向き合って、すべての和合の為に両者の詔を宣言として唱えました。神の光が降りた事で全員が調和を感じた祈りになりました。



○立神岩 (夫婦岩)


この男性のシンボルとも言える立岩神は与那国島にもありますが、驚いたのは、この岩のてっぺんにある3つの岩も、与那国島にあるシンボルの岩と同じ形です。与那国島の神男が教えてくれた事は、中央が王様、両側が王妃と側室で陰陽和合の象徴になっており、また天と地の神の意思を伝えていると教えてもらいました。台湾にも同じ形のものがあり、与那国島と海を挟んで向き合ってる事も話してくれました。
この岩の形の意味は、日本に伝わった神の意思、つまり、日本が象徴とした天皇家の神ルーツのラインであることを自然界の神を祀る民族の証として示しているのです。女性たちは、男性への非礼と和合を祈りました。あとで発見したのですが、対岸にある女性の神岩が見つけた事で、ここで命の産み出しをする神、つまり「人類発祥の地」であるとメッセージを受け取った女性もいました。それは、天孫降臨のひとつの大事な場所であることもわかりました。


○平町 阿麻弥姑(アマミク)神社
天孫降臨の地を探してたどり着いたのが、この神社です。祈りを捧げると、「アマミク、我、ありなむ。シロミク、共にありなむ」とおっしゃいます。そして「昔はたくさんの者たちが祈りを捧げつないでおったが、今は、残り少ない者たちがここを守っている。天孫降臨の地へ繋いでほしい」とおっしゃいます。また沖縄の女性には「ここは天下り盤である」と聞こえました。
ここは本来、神が降りたエネルギーを繋ぎ守る役目の神社だとわかりましたので、必ず天孫降臨エネルギーを繋ぐ山があるはずですので、後ろの山を探して見つけました。その山へ祈りを捧げてみると「天つなぎにより、当たらな種が生まれた。その種を繋いで欲しい」とおっしゃいます。先ほどの立神岩の人類発祥エネルギーを繋ぎ、また天へとそのエネルギーを繋ぎ直し、最後は、私たち一人一人の身体にそのエネルギーを繋ぎました。自分たちの戻る土地へこのエネルギー繋ぐ役目を頂いた事になります。全員にその事を伝えて新たなる決意をし愛ました。



午前の祈りを終えて遅い昼食を食べる為に入ったお店のテーブルには、私たちの神事を見ていた様に「天孫降臨」について詳しく書いた地図がありました。この島の神とあがめられた大いなる王様の話も、実話として琉球王朝の資料に残っています。この王様の名前は「与湾大親(ゆわんうふぬし)」という名前で、奄美大島では今も大切にされています。南部にある湯湾岳に大いなる神が降りた事はわかりましたので、陽が暮れるギリギリの時間ですが急いで車を走らせます。
湯湾岳には展望台があるのを忘れて登山道へ向かってみると、そこには、大きな鳥居と神が降りた証の碑があり、碑を映した写真に写る光こそ、本当に神々が守る山なのを教えて下さいました。神様から「ユワンウフヌシ」の名前の意味を教えてもらいました。
「ユワンフヌシとは、世を改め、大いなる働きをする為の名として与えられた名前である」






湯湾岳展望台の上で今日の祈りのお礼をしました。美しい夕日は今日の祈りを祝福してくれていると感じましたし、祈りが終わった瞬間に、夕日が落ちた事も神祝福と感じました。本当にありがとうございます。



ホテルに戻る前に、私たちのホテルがある周りの川は、源平の戦いの時に、真っ赤に血に染まった映像を見せられていた事を話しました。沖縄本島の「月の泉」や各島々の水の神を繋いで最後の御霊揚げの祈りをしました。一日の終わりは、今日の疲れた体を癒すためとこの島の神々を祝う為に、島歌が聴ける場所へ向いました。奄美民謡は、琉球民謡を進化させた独自の文化だと主張するように、三線(さんしん)のバチが違ったり、歌い方も違います。
大切な神事を終えた時は、なるべくその土地で歌い継がれた古い神歌を歌ってもらうようにしています。特別な時にしか歌わない神歌と全員参加の踊りの音に合わせて、店の外からお客さんも飛び入り参加してくれました。
祝宴を終えてホテルに戻り、全員でこれまでの神事を振り返り話し合いました。一人一人の心の満足度を確認すると、まだ何かやり残しがあると感じた人が多かったので明日、飛行機の出発前までに大切な場所へ向かう事を決めて就寝しました。
2月27日 宮古岬


地図を見ていて最初から私が気になる場所が「宮古岬」でした。古い都という意味がある宮古の字を使うには理由があると感じてましたし、宮古島の神が呼んでいるように感じたからです。岬の下にある海岸に着いたとき、そこは「湾口龍宮神(真水と海水の混じり合う所)」だったので、すべての和合をまとめる祈りができました。
ここの神様からこの場所は「カートォーシャ」と呼び、川の神がいらっしゃる所、ティンダ花が咲く所、龍が飛び立つ所、川の生気を送り出す所、後ろの山神が守っている場所、沖縄本島の阿謝(アジャ)と繋がっている場所と教わりました。そして祈りの最中に、大小の二頭の龍が飛び立つ姿も見せてくれました。守護霊のノロが教えてくれ事は、「龍の湾をまとめ束ねると、太陽の神がつながり、祈る事ができる」でした。
○与湾大親(ユワンウフヌシ)の碑

最後は、やはり天孫降臨を気付かせてくれたお店の横に立っている与湾大親(ユワンウフヌシ)の碑に向って、すべてのお礼祈りを捧げました。琉球王朝の領地の一部が鹿児島県になって時が経った今、名前が変わっても神々はおられますし、守る心は同じです。そこで亡くなった御霊たちの思いも感じた事で、過去のさまざまな思いも調和されました。
偶然、出会った売店のオーナー女性に、与湾大親(ユワンウフヌシ)様を大切にしているお礼を伝えることができました。その女性も「琉球からのお迎えを待っておられたのですね。土地の皆様は感謝して大切に守っていますよ」と言葉を下さいました。最後まで、神計らいには驚きます。
奄美空港を離れる時にノロ言葉で、メッセージが降りました。
主(あるじ)は、尊い神として喜びの涙を流しております。そして、古き王たちにも心から感謝しております。心から、神から、手を合わせております。
奄美空港から乗り継いだ那覇空港には、沖縄本島の祈り仲間が集まってくれていました。U神人に、概要を報告していると私を守護してくれた「島ノロ」たちが、最後の思いを伝えてきます。
私を守護してくれた「島ノロ」は、実は、琉球王朝の側室の娘だったのです。王様守る霊的守護隊のキコエオオキミの後継者争いにならないように、各島へ送られた霊的に強い側室の娘たちは、これまでの思いを首里城へご報告したいと、私の体を借りて付いてきていたのです。どうりで、奄美本島を離れる時に、身体が急に重くなったはずです(^^)
彼女たちの御霊の思いは、首里城の最後の門の前で「現実の物は失った物が多いですが、私たちはずっと島を守り続けてきました」という一言を、王様に直接、伝えたい気持ちでいっぱいなんです。その気持ちがわかったからこそ、私はU神人に首里城へ出向いてご報告させて欲しいとお願いしました。
「本来、島ノロは、王様に直接、お目どおりする事はできないけれど、首里城を守るあなたのご先祖の力であの最後の門をくぐって、広場の前で王様にご報告させてあげて下さい。」
この言葉を言った瞬間、私の身体に乗っている島ノロの御霊たちは、溢れる涙を流し、身体が震えてきました。その気持ちを組んで、U神人と王様・王妃の御霊を持つ皆さんが、全てのお礼とご報告に首里城へ向かった事を札幌に戻ってから聞きました。王様にご報告を終えて帰る時に、側室の女性が「娘たちを連れてきてくれて本当にありがとうございます」と伝えてくれたとU神人が教えてくれました。
那覇空港を飛び立つ時、最後のメッセージが届きました。
「たび重なる拝み、私たちノロも天の河の流れを感じております。北の地を守る十の天の繋がりは、八つの星を見てノロ祈りを捧げる事で大きな力となり、本来の神力・宇宙の力を動かすことができます。あらゆるすべての祈りは、宇宙の祈りのひとつでありますから、自分勝手な、自分だけの祈りは、自らを滅ぼす事になります。ありがとう」
また羽田空港に着いた時にも、メッセージが降りました。
「願い、願い。宇宙盤の流れは、自らの内側にある。北の方の人は内側に城を持っている役目。この内側の城とは、北の全てを繋ぎ(北斗七星)、宇宙盤を南方の軸へ繋ぐことにある。
北の地盤は、南の地盤と繋ぎ、異星人がやってくる時の為に力を合わせて光を大きく放ちなさい。他の地から来た種族は、北方の人たちと違って全く違う目的をもった民族なのです。だからその為にも、我々と同じ意思を持つ民族が集まり、一致団結して整いをするのです」
見えない存在たちの思いを理解することは、歴史に残らない人の心の奥底につながる大切な民族の思いを繋ぐ事であり、また、生かされている感謝の心を失わない為でもあると私は思い神事を続けています。
祈りメーリングで随時、ご報告致した内容に付け加えて、皆様に御報告と感謝を伝えたいと思います。ありがとうございます。また、地球創生基金へ募金 下さいました皆様、本当にありがとうございます。
夜8:25に港に着いてすぐ、美味しいお店を紹介してもらいました。奄美本島の神場所は、事前に情報を集めていましたが、やはり現地の人に聞くのが一番、感じて判断しやすいからです。教えてもらったお店は地元でも評判の有名なお店ですので、さっそく人徳のある女将さんに話を聞きます。
女将は「神様の事はよくわからないけど、ところで、あなたはどの神様を頼って来たの?」と質問されます。「どの神様???」、何かの宗教団体と思ったのかなとも考えましたが、後でわかった事はこの島の一般の方は沖縄で言う「神人・ユタ」と呼ばれる霊的仕事をしている人を「神様」と呼ぶのです。沖縄と同様に、本州方面から霊的な相談を受けたくて「神様」を紹介して欲しい方が多いと話していました。
ホテルに戻り、明日からの打ち合わせをしますが、どうしてもうまく感取りができません。この島の「神様」に直接、電話する必要があると、身体に乗っている存在が伝えるので、「じゃあ明日朝、紹介してもらった神様に電話しましょうね」言うと、とたんに身体は軽くなりました。
2月26日
紹介してもらった「神様」に電話すると、まず男性が出たのでビックリ!ご本人だと確認してから私たちの祈りの目的を伝えて、この島の現状を聞きました。話した内容を一言で言うと、琉球王朝時代に伝わった伝統的な祈り方法や神所は、奄美本島にはほとんど無くなっているという事です。教えてくれた60前後の男性も「自分なりに昔ながらの火・水・風・大地の自然神祈りをやっと最近、始めているところなんです」と教えてくれました。
当然ながら、ヌール神(ノロ神)の場所も、龍宮神の場所もわからないと言います。時代の流れは文化を変えるだけではなく、歴史や信仰も変えたことを肌で感じました。しかし、現在に至るまでのたくさんの人の思いを、私たちは全身で感じています。信仰を変えなければいけない苦しさは、物を奪われるよりも一番苦しいと思いますが、それを受け入れてきたからこそ「争い」は無くなったのです。
現在世界で起きている戦争も、信仰争いを利用した経済侵略なのは、皆さんもお気づきだと思いますが、ここ奄美諸島は、歴然と鹿児島県だということを感じた瞬間でした。だからこそ私たちは、すべての和合の為の祈りにきたのだと確信しました。
歴史に隠されたここ奄美諸島の事実を鹿児島出身の若いお二人に話すと、「本当に申し訳ない事をしてきた気持ちで一杯です」と涙を溜めながら、初めて聞いた事実に驚いていました。今回の神事は、鹿児島や本州出身の方にとって、奄美諸島の地にお詫びにきている事になります。また沖縄や北海道の人間は、新しい文化によって破壊された過去の御霊の思いを受け止めてあげる為にきていると感じました。
祈りの目的は、男神女神の和合・その親神様へのお詫び、土地神様へのお詫び、龍宮神の立て直し、ヌール神(ノロ神)の立て直し、河神海神繋ぎ、城王様へのお詫びと感謝です。また港近くの土地は、源氏と平家の最後の争いをした激戦地でもありますので、その和合祈りも行います。さらにこの地に「天孫降臨」の神がいることもわかりましたので、国づくり・村建てに繋がる神事になります。改めて全員が自分の役割を感じながら、お詫びと感謝の祈りをさせていただきます。
○今井権現




調べると奄美本島の神所の多くは、北部に集中しています。その中でもこの「今井権現」は平家の魂を納める場所でしたが、それ以前の神が大きいということで、平家の弔いは違う場所に移す事になった場所です。山の上にある鳥居から、さらに100段ほどの階段を登って見える本堂は、最初、神エネルギーが立っていないのを感じました。祈りを捧げると、ここを守るための力が足りないと守護存在が言うので、ここに正式に「火の神」を降ろす祈りを捧げました。
両側に二本のローソクを立てた中央に、三本のローソクを立てて「火の神」を降ろす神言葉を唱えます。本来、火の神は、中央に男神、両側に女性の神がいますので、門番の女性の神と合わせて、完全なこの島も守る守護神が降りた事になります。神道(しんとう)でも「火の神」は最後に降りたと書かれているように、人間を守る一番、近い神と言ってもいいでしょう。
先ほどとは全く違うエネルギーになったこのお堂にお礼の祈りを再度、捧げました。さらにここに「ヌール神」も鎮座してもらいました。火の神を守り、見えない霊的な整いをする神としてこれからは、大きくお働き下さることでしょう。
○河神(カーシン)
今井権現の祈りを終えて移動する途中、海に流れ出すわずかな川を見つけました。新しい命の湧き出しと陰陽和合を祈りました。

○龍郷町付近の海岸線のトンネル
何度も道に迷って通った短いトンネルでしたが、ここは元々、大切な神場所であったことは見てすぐわかります。近づくと身体がしびれるので、神が怒っているのが理由です。日本全国にもこういう場所がたくさんありますが、こういうトンネルほど事故が多いものです。手を合わせてみると「ここは北を向いているが、本来、東を守る神がいる」と教えてくれました。見えない存在に対する失礼をお詫びしてから無事故、無災害に感謝の祈りをしました。
○平瀬マンカイ 男女和合の祈り岩
国指定の重要無形民俗文化財になっている男岩、女岩で祈りを捧げました。男女・北南・陰陽など全ての相対になっている物の和合祈りです。本州九州代表の3人、対、北海道沖縄の3人が向き合って、すべての和合の為に両者の詔を宣言として唱えました。神の光が降りた事で全員が調和を感じた祈りになりました。



○立神岩 (夫婦岩)


この男性のシンボルとも言える立岩神は与那国島にもありますが、驚いたのは、この岩のてっぺんにある3つの岩も、与那国島にあるシンボルの岩と同じ形です。与那国島の神男が教えてくれた事は、中央が王様、両側が王妃と側室で陰陽和合の象徴になっており、また天と地の神の意思を伝えていると教えてもらいました。台湾にも同じ形のものがあり、与那国島と海を挟んで向き合ってる事も話してくれました。
この岩の形の意味は、日本に伝わった神の意思、つまり、日本が象徴とした天皇家の神ルーツのラインであることを自然界の神を祀る民族の証として示しているのです。女性たちは、男性への非礼と和合を祈りました。あとで発見したのですが、対岸にある女性の神岩が見つけた事で、ここで命の産み出しをする神、つまり「人類発祥の地」であるとメッセージを受け取った女性もいました。それは、天孫降臨のひとつの大事な場所であることもわかりました。


○平町 阿麻弥姑(アマミク)神社
天孫降臨の地を探してたどり着いたのが、この神社です。祈りを捧げると、「アマミク、我、ありなむ。シロミク、共にありなむ」とおっしゃいます。そして「昔はたくさんの者たちが祈りを捧げつないでおったが、今は、残り少ない者たちがここを守っている。天孫降臨の地へ繋いでほしい」とおっしゃいます。また沖縄の女性には「ここは天下り盤である」と聞こえました。
ここは本来、神が降りたエネルギーを繋ぎ守る役目の神社だとわかりましたので、必ず天孫降臨エネルギーを繋ぐ山があるはずですので、後ろの山を探して見つけました。その山へ祈りを捧げてみると「天つなぎにより、当たらな種が生まれた。その種を繋いで欲しい」とおっしゃいます。先ほどの立神岩の人類発祥エネルギーを繋ぎ、また天へとそのエネルギーを繋ぎ直し、最後は、私たち一人一人の身体にそのエネルギーを繋ぎました。自分たちの戻る土地へこのエネルギー繋ぐ役目を頂いた事になります。全員にその事を伝えて新たなる決意をし愛ました。



午前の祈りを終えて遅い昼食を食べる為に入ったお店のテーブルには、私たちの神事を見ていた様に「天孫降臨」について詳しく書いた地図がありました。この島の神とあがめられた大いなる王様の話も、実話として琉球王朝の資料に残っています。この王様の名前は「与湾大親(ゆわんうふぬし)」という名前で、奄美大島では今も大切にされています。南部にある湯湾岳に大いなる神が降りた事はわかりましたので、陽が暮れるギリギリの時間ですが急いで車を走らせます。
湯湾岳には展望台があるのを忘れて登山道へ向かってみると、そこには、大きな鳥居と神が降りた証の碑があり、碑を映した写真に写る光こそ、本当に神々が守る山なのを教えて下さいました。神様から「ユワンウフヌシ」の名前の意味を教えてもらいました。
「ユワンフヌシとは、世を改め、大いなる働きをする為の名として与えられた名前である」






湯湾岳展望台の上で今日の祈りのお礼をしました。美しい夕日は今日の祈りを祝福してくれていると感じましたし、祈りが終わった瞬間に、夕日が落ちた事も神祝福と感じました。本当にありがとうございます。



ホテルに戻る前に、私たちのホテルがある周りの川は、源平の戦いの時に、真っ赤に血に染まった映像を見せられていた事を話しました。沖縄本島の「月の泉」や各島々の水の神を繋いで最後の御霊揚げの祈りをしました。一日の終わりは、今日の疲れた体を癒すためとこの島の神々を祝う為に、島歌が聴ける場所へ向いました。奄美民謡は、琉球民謡を進化させた独自の文化だと主張するように、三線(さんしん)のバチが違ったり、歌い方も違います。
大切な神事を終えた時は、なるべくその土地で歌い継がれた古い神歌を歌ってもらうようにしています。特別な時にしか歌わない神歌と全員参加の踊りの音に合わせて、店の外からお客さんも飛び入り参加してくれました。
祝宴を終えてホテルに戻り、全員でこれまでの神事を振り返り話し合いました。一人一人の心の満足度を確認すると、まだ何かやり残しがあると感じた人が多かったので明日、飛行機の出発前までに大切な場所へ向かう事を決めて就寝しました。
2月27日 宮古岬


地図を見ていて最初から私が気になる場所が「宮古岬」でした。古い都という意味がある宮古の字を使うには理由があると感じてましたし、宮古島の神が呼んでいるように感じたからです。岬の下にある海岸に着いたとき、そこは「湾口龍宮神(真水と海水の混じり合う所)」だったので、すべての和合をまとめる祈りができました。
ここの神様からこの場所は「カートォーシャ」と呼び、川の神がいらっしゃる所、ティンダ花が咲く所、龍が飛び立つ所、川の生気を送り出す所、後ろの山神が守っている場所、沖縄本島の阿謝(アジャ)と繋がっている場所と教わりました。そして祈りの最中に、大小の二頭の龍が飛び立つ姿も見せてくれました。守護霊のノロが教えてくれ事は、「龍の湾をまとめ束ねると、太陽の神がつながり、祈る事ができる」でした。
○与湾大親(ユワンウフヌシ)の碑


最後は、やはり天孫降臨を気付かせてくれたお店の横に立っている与湾大親(ユワンウフヌシ)の碑に向って、すべてのお礼祈りを捧げました。琉球王朝の領地の一部が鹿児島県になって時が経った今、名前が変わっても神々はおられますし、守る心は同じです。そこで亡くなった御霊たちの思いも感じた事で、過去のさまざまな思いも調和されました。
偶然、出会った売店のオーナー女性に、与湾大親(ユワンウフヌシ)様を大切にしているお礼を伝えることができました。その女性も「琉球からのお迎えを待っておられたのですね。土地の皆様は感謝して大切に守っていますよ」と言葉を下さいました。最後まで、神計らいには驚きます。
奄美空港を離れる時にノロ言葉で、メッセージが降りました。
主(あるじ)は、尊い神として喜びの涙を流しております。そして、古き王たちにも心から感謝しております。心から、神から、手を合わせております。
奄美空港から乗り継いだ那覇空港には、沖縄本島の祈り仲間が集まってくれていました。U神人に、概要を報告していると私を守護してくれた「島ノロ」たちが、最後の思いを伝えてきます。
私を守護してくれた「島ノロ」は、実は、琉球王朝の側室の娘だったのです。王様守る霊的守護隊のキコエオオキミの後継者争いにならないように、各島へ送られた霊的に強い側室の娘たちは、これまでの思いを首里城へご報告したいと、私の体を借りて付いてきていたのです。どうりで、奄美本島を離れる時に、身体が急に重くなったはずです(^^)
彼女たちの御霊の思いは、首里城の最後の門の前で「現実の物は失った物が多いですが、私たちはずっと島を守り続けてきました」という一言を、王様に直接、伝えたい気持ちでいっぱいなんです。その気持ちがわかったからこそ、私はU神人に首里城へ出向いてご報告させて欲しいとお願いしました。
「本来、島ノロは、王様に直接、お目どおりする事はできないけれど、首里城を守るあなたのご先祖の力であの最後の門をくぐって、広場の前で王様にご報告させてあげて下さい。」
この言葉を言った瞬間、私の身体に乗っている島ノロの御霊たちは、溢れる涙を流し、身体が震えてきました。その気持ちを組んで、U神人と王様・王妃の御霊を持つ皆さんが、全てのお礼とご報告に首里城へ向かった事を札幌に戻ってから聞きました。王様にご報告を終えて帰る時に、側室の女性が「娘たちを連れてきてくれて本当にありがとうございます」と伝えてくれたとU神人が教えてくれました。
那覇空港を飛び立つ時、最後のメッセージが届きました。
「たび重なる拝み、私たちノロも天の河の流れを感じております。北の地を守る十の天の繋がりは、八つの星を見てノロ祈りを捧げる事で大きな力となり、本来の神力・宇宙の力を動かすことができます。あらゆるすべての祈りは、宇宙の祈りのひとつでありますから、自分勝手な、自分だけの祈りは、自らを滅ぼす事になります。ありがとう」
また羽田空港に着いた時にも、メッセージが降りました。
「願い、願い。宇宙盤の流れは、自らの内側にある。北の方の人は内側に城を持っている役目。この内側の城とは、北の全てを繋ぎ(北斗七星)、宇宙盤を南方の軸へ繋ぐことにある。
北の地盤は、南の地盤と繋ぎ、異星人がやってくる時の為に力を合わせて光を大きく放ちなさい。他の地から来た種族は、北方の人たちと違って全く違う目的をもった民族なのです。だからその為にも、我々と同じ意思を持つ民族が集まり、一致団結して整いをするのです」
見えない存在たちの思いを理解することは、歴史に残らない人の心の奥底につながる大切な民族の思いを繋ぐ事であり、また、生かされている感謝の心を失わない為でもあると私は思い神事を続けています。
祈りメーリングで随時、ご報告致した内容に付け加えて、皆様に御報告と感謝を伝えたいと思います。ありがとうございます。また、地球創生基金へ募金 下さいました皆様、本当にありがとうございます。















