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京都 丹後半島 宇良神社・比沼麻奈為神社
6月8日の関西神事ワークは、京都 丹後地方にある「宇良神社」と「比沼麻奈為神社」の謎解きが目的でした。

元伊勢の内宮・外宮の禰宜は荒木田神主・根木神主・度会神主の三姓がありましたが、先月の神事で根木氏が抹殺されたことがわかり、魂の再生をしたあと一族の巫女たちが「三輪へ帰りたい」と言うので関西の仲間に魂を運んでもらいました。


「宇良神社」へ向かう車内でこの根木氏のことを説明している時、突然、映像を見えて、荒木田一族の巫女達が一切しゃべれないように全員、声帯を切られていたことがわかりましたし、根木一族の巫女達も最後は自分で短剣を胸に突き刺して死んだことがわかりました。

さらに、内宮を守っていた荒木田一族の巫女には、「底神巫女(すくしんみこ)」がいたこともわかりました。

「底神巫女」とは、もっと下の世界の祈りを担当する最強の巫女のことで、命を産み出す最も強い力もありますが、底の世界は霊界のさらに下にあるもっとも深い闇の世界だからこそ、とても厳しい祈りをし続けなければいけない巫女のことです。

「龍宮底神(りゅうぐうすくしん)」の拝みをしてた巫女が、海人族(あまぞく)に居たからこそ、命を産み出す祈りをしていた人たちがいたことは知っていましたが、今回の宇良神社の海女族の関係をわかって欲しいからこそ、伝えてきたようです。


---------車中で降りた神言葉---------

月の夜に、海の闇の底(すく)の拝みをしておりました。

稲穂の根を鎮める事で、大地の底の力に繋がる祈りをしておりました。

麻を焚いて拝む時は、天に繋がる神に対しての拝みをしておりました。

真珠が採れる時は、神の恵みとしてとても貴重に扱い、大切な繋がりの証としてそれを守っておりました。

だから、アコヤガイは「竜宮の使い」として、大切に扱っておりました。

子供が生まれる時や命の繋がりを繋ぐ時に、その真珠の玉を使って祈りをしておりました。

この祈り方を教えてくれたのは、三輪山にいる大きなお母さん巫女から教えて頂きました。

命の繋ぎ方を教えてくれたのは、三輪山にいらっしゃる大きなお母さん巫女でございます。

その時、一緒に習いをしたのは、十数名の巫女がおりました。

その巫女達がいくつかのグループに分けられ、いろいろな場所に移動しました。

そのうちの最も力のある者達が、内宮に連れて行かれました。

それぞれの巫女達のルーツは様々であり、「鏡族」の者もおりましたし、火の国 卑弥呼と共に来た巫女もおりましたし、関東の地からやってきた巫女もいらっしゃいました。

そして、最も大きな力として底(すく)を支えた巫女達は、愛知の海側にいた「海人族(あまぞく)」の巫女達でございますし、これから行かれる宇良神社の海の拝みをしていた巫女達でもありました。

その巫女達がいなければ、龍宮の、底(すく)の、そして、さらにその奥の底の祈りを出来る者がいなかったからこそ、陰・裏・底・下の祈りの専門として、命をかけるほど真剣な祈りをしていた巫女達がおりました。

その事をどうぞ、ご理解下さいませ。




◎宇良神社(浦島神社) 浦島太郎の伝説がある神社 











(弁天社メッセージ)

あの世とこの世の繋がりを証すものは、何もありません。

しかしながら、その繋がりを持つ場所を守る事も大切でございます。

この世は、あの世からの出入り口があるからこそ、その力を使う事が出来ますし、その行き来が出来る者が少ないからこそ、それが出来る巫女をここまで連れてきたのです。

その事がわかれば、なぜ「浦島子」と言われるのかもわかるでしょう。

時において、何故、その力が必要かといえば、全ての霊界守り・先祖守り・闇守りの力を動かすために、あの世とこの世を行き来するモノが必要だったからです。

それは、誰もが出来る事では無く、その力を持つ巫女が数名いなければ出来ない程、その世界を守る事は大変な世界でございます。

その世界を開けなければ行き来は出来ませぬが、開けっ放しにすれば余計なものも行き来しますが故に、そこを守るためにいる巫女の立場や思いをどうぞ汲み取って下さいませ。

当然、そこにはその巫女達の屍もあり、その魂がまた繋がりの力にもなるからこそ、霊界との繋がり・橋渡しの役目が「浦島子」の役割であるとご理解下さいませ。



※本殿の左角に掘られた井戸のような場所がありますが、これは裏鬼門(南西)の意味と同じように強い守り巫女の魂力によって本殿神を守る置き方ですが、本来は真反対の方角にあったそうです。





本殿の回りにある太い樹を写すと御霊達の魂がたくさん写りましたが、これはすべてこの場所を守る巫女達の魂です。
















(本殿メッセージ)

うちひしがれた魂が、いずこの地より参ったか存ぜぬが、「護りをせよ」という意味では、たくさんの巫女達がおります。

しかしながら、その事がここでは問題なのでは無く、もっと大きなつながりを守る力を守れと言われて、この地をつくり納めたその命・指示を出した者、そして、そこを守る事をせねばいけなくなった者達の思い、そして、実際にここを守る者達の思い、まずそれを汲み取って下さいませ。

大きな流れとしては、世の反映を願うという言葉の裏には、「あらゆる闇の思いを吸いつくせ・納めよ」という命令があるからこそ、その役目をしなければいけない者達がいた事を存じておいて下さいませ。

どのような方法かは別として、その繋がりが無ければその世界を納める事は出来ず、その為にはあらゆる力のある巫女や神ダーリするような者の力を借り、人の魂ではなく、そこに乗る神の力を使って納めよという指示が出ておりました。

だからこそ、ここには亀甲の力もありまするし、天地宇宙の繋がりを持つ巫女もおりまするし、その思いを汲み支え守る巫女達もやってきましたが、一度、繋がった世界は変える事は出来ず、今もその役目を守る為に魂達はここにおりまする。

その事をわかって下されば、幸いでございます。

時における紐解きは、またにしましょう。ありがとうございます。




☆蓬山(とこよ)の庭

蓬山(とこよ)とは、あの世、つまり霊界の意味で、「常世(とこよ)」とも書きますが、目には見えない世界ですし、本来の意味は、命の産み出しをする海の底にある龍宮城へ繋がる場所の意味です。実際に、大昔はこの神社の回りは全て海でしたし、この場所から海の底へ繋がる祈りをしていた巫女達がいたこともハッキリわかりましたが、一切、不浄な思いは残っていませんでしたのし、完全に霊界の扉は閉じていました。








ここで行われていた祈りは、絶対に、一般には公開されない祈りのひとつですが、天の光を繋ぐ時や新しい天皇の神力を影から支える時など、光と真反対の闇の世界を押さえ込む為に24時間命をかけて祈り続けた巫女達がいたことをご理解下さい。

そういう強い祈りができる巫女は、自分の好き嫌いに関係なくあの世と繋がり続けている生まれながらの霊力を持った人たちの仕事ですし、沖縄流に言えば「生まれの人」の役目だからこそ、闇を押さえ込むためにどの時代でも時の権力者達に使われていたことをご理解下さい。

さらに面白い話しが聞けましたのでご紹介しますが、この地域には紀元前3世紀頃に中国(しん)の始皇帝の命令で日本へやってきた徐福(じょふく)の一団の記録があり、今も大切にその人たちの思いを守っている方がいます。

徐福は、秦の始皇帝から「不老不死の水」を探せと命令され、3000名の人間を引き連れて日本中を探しまわった記録が日本中に残っていますし、私は知り合いの神人に「不老不死の水」の場所に連れて行かれて飲んだ経験がありますが、その効果はわかりません(^^;。

紀元前3世紀頃の秦時代と、1636年満洲に建国された清時代の両方の魂記憶を私は思い出しているからこそ、徐福の話しはとても懐かしい話しに思えました。




◎比沼麻奈爲神社(ひぬまないじんじゃ)







鳥居をくぐって驚いたのは、一切の魔が入らないように参道が「完全結界」で組まれていたことです。





参道をホウキで掃く向きと角度、さらに両側に幾段もの土盛りをして御幣で囲み、奥には上賀茂神社と同じように土を盛り上げて山の神力を繋いでいる魔を払う完全結界の組み方をしています。

ここまで素晴らしい魔払いの結界技法を知っている方は、きっと京都のどこかで修行をされた方だと思われますが、一般の人は右側にある小道を通って本殿へ行くようになっています。



(摂社メッセージ)

いいか、お前達が来る事を待っていたぞ。お前達が、来る意味がわかるか?

その意味がわからねば、何の思いでここまで呼んだのかも気付いておらんという事か・・・それは、残念だのう。

お前達が持っているその神の気持ち、そして、神よりいただきし、その魂と肉体と、そして、移り世の移り繋がるその思いと、その屍の思いと、よろずんば、その神の横並びの思いを整え給えという意味を持ってここへ呼んでおるが、わかるか?

お前達の中にまだ、心が整わず、過去の思いを深みたがる者がおるであろう。

何かその中にもっと秘密があるのではないか?という探究心だけでは、神は喜ばぬ。そして、お前の先祖も喜ばぬ・・・。


よいか、何の為に、神に向き合い、その心をあらわにし、その心を互いに支え合うのか?

何のための神事であるのか? 何の為の神であるのか? その意味をもっと深く理解しなさい。

それが、お前達の今、成すべき事ではないか?


よからぬ思いをつかめばそれは邪悪な神として為すものになり、よからぬ心をつかめば人の心を問いたくなるものである。

よいか、神々は、我を問わず、他人を問わず、そしらぬ思い、はかばかしくない思い・世知が無き世の思い、その全てを丸めるためにおるものである。

その事をわかれば、尊き神が、言葉を話さず見守る意味に気付きなさい。

そうでなければ、心に角が立ったままであるぞ。よろしくたのむぞ。

お前達を見守っておるぞ。よろしくたのむ。ありがとう。

















(本殿)
我(われ)、たて前奉りし神たとえまつりしこと、国たとえし護りし民の心合わせ給いて、束ね給いて、心ひとつにし、内神の心、神の心正しく、うち揃え給えと我申す。

内神たたえまするは、神の心、統合調和の十二の神の光、与え給えて国栄え給えて、

十二支の内神繋がりしこと、これ陰陽循環の神の力と思い馳せ給いて、

自然節季の自然のエネルギーを頂く事が出来れば、

それ食物の事、絶える事無く、民飢える事無く育ち給えればこそ、

神の元、親の元、違える神、共に争わず命たがまえまして育み給ゆるは、

それ神の心とおきまして、天(あま)のごとく、海の幸、山の幸、携えまして、

運びまするは殿の御前、また、庶民の口に入る全てのもの、守り給えて、国給えましてのこと、

神の意味、本来、食物・命守るもの全てこれ神となし給えて、その心同じく合わせる事、

つまり、食べられるものがあるという事自体が神の恵みであるという事、

その心こそが己の命を問うがごとく、他我心を問うがごとく、

その心、無くして食前に和を囲み、和の心の始まりとなしてこそ、

この国家安泰の心ではなきかと、我、思い馳せ給いて、皆々様にお伝え申し立て奉り申す。



【解説】
この本殿に「ひもろぎ」が十二並んでいる意味は、十二神いるという意味ですが、同列に十二神を並べているということは、普通はありません。

神の名を一切書かず、神のルーツも書かず、同列に並べるというこの深い思いやりの思いに気付かなければいけないですね。

神様に、「十二の神の意味」を尋ねてみると、最初に、「戊亥の方角を守っている、十二の摂理をわかれ!」と答えが返ってきましたのでご説明しますが、まず、地球の循環摂理は、全て「十二の摂理(暦・時間・陰陽説)」で回っているからこそ、その生命循環エネルギーを守っている場所であるという意味です。



(質問者)まだ、腑に落ちない点があるので詳しい話しを聞きたいのですが・・・

今、お前達が考えてる事、思ってる事はわかっているが、その事について知る理由は何か?

いいか、お前達が知りたがってる事は底にあるものの力、その力を押さえ込む思い、それを守る力のその者達の葛藤の渦巻く思いもあるのだぞ。

その事を解きほぐす・知る・紐解くという意味については、お前達の本当の心の奥底の封印の蓋を開ける事にもなるのだぞ。

それでも良いのか?



(質問者)宇良神社にいた巫女と、元伊勢内宮にいた巫女との関係はありますか?

元々は、同じ巫女だったと言った方がよいだろうか。

元伊勢内宮にいた巫女という話しは、自害した根木家の巫女の事なのか?どちらの事だ?



(質問者)両方の筋の事を教えていただければ。。。

いいか、お前達がよくわからなければいけないのは、なぜ、その禰宜となった者達に付いているのか、巫女達にとっても関係性があるからこそ、その血筋・所以にかかわる巫女が、まず神を守る思いで付いているという事がある。

ただし、その神守り・人守りとしての巫女という意味と、本来の大きな神の力を運んだり繋いだりした巫女の意味は違う。

その大きな力を持つ巫女の事を「大巫女」と言うとしようか・・・

その大巫女が動けば全ての神が動くほど大きな力を持っているからこそ、その巫女についてだけは、誰も手・口を出せず、神の動きだという事があるからこそ、その思いを運ぶ、もしくは、勅命して来て頂く、もしくは、命令して権力でそこを納めさせるなどいろいろな方法があるが、その強い大巫女が必要なのだ・・・まずこの事をわかっておけ。

もともと外宮があった場所の後に内宮の社が出来たが、まず、その内宮を納める為に最も大きな神力を動かしたい奴らが、その大巫女の力を使ったのは当然である。

それが「過去の思いを押さえ込む」という意味で一番有効価値があるやり方だからだ。

よいか、その大巫女がそこに神を繋いだ後の事は誰も語られておらぬし、そこで、命は落としておらぬ。

そのあとに、重要な「元伊勢」と呼ばれる場所の何カ所かにも一緒に動いた事もあったが、まず、始めがあれば、終わりがあると同じように、納め護りし力をどこに置くか、つまり、一番下の底の納め・全ての思いの軸・魔の世界、その底の納めをどこに置くかを当然、決めなければならない。

天・地・底まで繋げられる神の力を持つ者しか出来ぬことだからこそ、それは、当然の事ながら裏の裏の裏、その底の底の底、抑えとなっている事もわかっておけ。

その思いが善か悪かではなく、その思いがあるからこそ、その軸が動かずものごとが納まる様に出来ている。

よいか、霊界とは宇宙の一部であるからこそ、その力を動かせるものは光も闇もどちらも同じ意味として、そのエネルギーを繋ぐ事が出来るのだ・・・それが、本来の大巫女である。

その力を山に繋ぐ事も、地の底に繋ぐ事も、その場所に降ろし繋ぐ事も出来るからこそ、その大巫女たる巫女は誰もが欲しがり、権力者達にとってはとても有効な手段であり、神官達はその大巫女にとってどの位置に立つかがとても重要だったからこそ、その位置争いが起きた事は確かであるが、大巫女は、お前達に悲しみを訴えてはいないであろう。

しかしながら、言葉に出せぬ思いは山ほどある。

だからこそ、三輪山の母神の思い、それは最初に、三輪山に神を繋いだ大巫女の母の思い、その子供ともいうべき、次の大巫女が動いた事によってその魂力、神力・霊力が繋がっているという事をわかっておけ。

その底の力については誰もがさわる事が出来ないからこそ、その守りの為にたくさんの巫女が働いた、動いた事をまずわかっておけ。

多くの思いがあるぞ・・・裏の裏・・・裏の裏は、表にもなるな・・・それが、本来の神力であるが、その事を明かしては、ならぬ。

それは、命の繋がりの元の力を明かす事になるからであるが、必死にその神力を護った神巫女、もしくは、神となり人であった巫女がいたことだけはわかっておいて欲しい。

その動きがあったからこそこの地にも命が繋がり、大きな神力が今も繋がっているのはその大巫女達の魂があるからである。

そうでなければ、この平地の上に何を建てようが、何を祀ろうが、それは、陳腐なものである。


本来は、地の底の底の力と、天なる大元の力を繋ぐ事が出来なければ、神など何も働かぬ。

そのことを理解している者は少なく、だからこそ時の権力者やそれを信じ込む者達にとっては、目に見えるものを信じさせる事が大事な事であったが、本来は、目に見えないものが本来の神力であり、その力を護るために今もそこにいるのだという事をわかっておけ。

つまり、三輪山の山の上と、地の底に繋がるその命の繋がりのラインを作った大巫女の母こそが、そして、その時に繋いだ場所も知らせたはずだが、その力をもって神力繋ぎをしたのだが大きな力を動かす巫女は誰かに頼まれれば、その動きをせぬ訳にはいかぬようにあちこちに呼ばれ、その神力をまず最初に繋ぐ役目として今もその場所にいると思っておけ。

それで、よろしいか?

「亀」は、神の遣いである。

亀は、万年生きると言われるのは、人間の命、生命の循環を司る龍宮底神の神力の使い手、それを人間がその繋がりを欲しくて大切に扱うのではないか?

本来、そこに神力があるからではないか?

その事に気付けば、本当の意味がわかるであろう。では、よろしく頼む。

 

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| 奈良県 三輪山神事 | 11:11 | comments(0) | - | |
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